エルメスのピコタンロックを実際に手に取ったとき、多くの方が最初に驚くのがその柔らかさではないでしょうか。
しっとりと沈み込む手触り。荷物を入れるとくたっと崩れる表情。バッグとしては本来、型崩れは避けたい性質のはず。にも関わらずピコタンにおいては、その柔らかさこそが大きな魅力の一つとして語られています。
この不思議な逆転を生んでいるのが、トリヨンクレマンスというレザー素材。今回はピコタンとこの素材の関係について、少し掘り下げてご紹介したいと思います。
トリヨンクレマンスとは?

まずは素材そのものについて整理しておきましょう。
トリヨンクレマンスは、雄牛(雄の成牛)の革を使用したレザーです。クレマンスという略称で呼ばれることも多く、両者は同じものを指しています。かつてはムーと呼ばれていた素材の系統を継ぐ、歴史のあるレザーでもあります。

表面には大きめのシボ(凹凸)があり、しっとりと落ち着いた質感が特徴です。トゴと並んでエルメスの主力素材のひとつですが、両者を比べるとトリヨンクレマンスのほうがより柔らかく、シボも大きめで、全体にふっくらとした印象にまとまります。
そして最大の特徴が、その柔らかさゆえに形が定まらないこと。荷物の量や置き方によって、表情が刻々と変わっていきます。
かっちりとしたシルエットを保ちたいバッグにとって、これは弱点になり得る性質です。実際、ケリーの外縫いのように端正なフォルムを大切にする仕立てでは、型崩れに強いエプソン素材が好まれる傾向があります。
どちらもエルメスを代表するシボ革ですが、原皮の段階から異なります。トゴは雄仔牛、トリヨンクレマンスは雄の成牛の革です。
トゴはシワの溝が深くくっきりとしたシボで、ほどよいハリがあり型崩れしにくいのが特徴。トリヨンクレマンスはシボが大きく緩やかで、より柔らかく、重量はトゴよりやや重めになります。
素材ごとの違いは、エルメスの素材選び完全ガイドでも詳しく解説しています。
なぜピコタン×トリヨンクレマンス?

ここからが本題です。
ピコタンロックは、馬の餌入れをモチーフに生まれたバケツ型のバッグです。蓋もファスナーもなく、開口部が大きく開いたオープントップの構造。

二本のハンドルをまとめるカデナが留め具として機能しますが、しっかり密閉するというよりは、ゆるやかに口元をまとめる役割に近いといえます。
つまりピコタンは、そもそもかっちりと開口部を閉じることを目指していないバッグなのです。

この構造に、トリヨンクレマンスの柔らかさが見事にマッチします。荷物を入れれば自然に横へ広がり、少なければすっと縮む。持ち主の荷物の量に、バッグのほうが合わせてくれる。この呼応が、ピコタンならではの使い心地を生んでいます。
もしピコタンがエプソンのように硬い素材だったら、どうでしょうか。おそらくバケツのような明確な輪郭を保ち続けることになります。それはそれで美しいかもしれませんが、あの気負いのない親しみやすさは失われてしまうかもしれません。
くたっとすることが欠点にならないピコタンならではの構造。ここにトリヨンクレマンスがはまったからこそ、ピコタンは今の姿になったといえるのではないでしょうか。
使い込むほどに変わる

トリヨンクレマンスのもうひとつの魅力は、時間とともに表情が育っていく点です。
新品のうちは、まだ革に張りがあり、フォルムもある程度保たれています。それが使い込むにつれて少しずつ緩み、角が丸くなり、持ち主の使い方に沿った形へと変わっていきます。シボそのものも、経年で大きくなっていく傾向があるといわれています。

この変化を、型崩れと呼ぶこともできます。しかしながらピコタンにおいては、多くの方がこれを味わいとして受け止めています。毎日持ち歩いた時間が、そのままバッグの表情に刻まれていく。工業製品ではなく、革という素材を持っている実感が得られる瞬間です。
エイジングを愉しむという言葉はエルメスにおいてよく使われますが、ピコタンの場合、それは色艶の変化というよりもフォルムの変化として現れるのが面白い点といえるでしょう。
実用面での美点も見逃せない

情緒的な話ばかりになってしまいましたが、トリヨンクレマンスには純粋に実用的な長所もあります。
まず、シボがあるため小さな傷が目立ちにくいこと。ピコタンはデイリーユースで活躍するバッグゆえに、この点は大きな安心材料になります。多少ラフに扱っても、細かい擦れが革の表情に紛れてくれることでしょう。

2点目は、大きめのシボが生む立体感です。柔らかい質感でありながら、革そのものにしっかりとした存在感があり、小ぶりなピコタンでも物足りなさを感じさせません。
なお、トリヨンクレマンスは革自体に独特の重みがある素材として知られています。ただピコタンの場合はサイズがコンパクトなため、重さが日常使いの妨げになりにくいのも、この組み合わせが成立している理由のひとつかもしれません。

そして、発色の落ち着き。シボのある表面は光を柔らかく反射するため、鮮やかなカラーでも派手になりすぎず、上品にまとまります。ピコタンにビビッドなカラー展開が多いのも、トリヨンクレマンスの質感が色を程よく落ち着かせてくれるからかもしれません。
サイズ選びに迷われている方は、ピコタンロック、選ぶならPM or MM?もあわせてご覧ください。
気をつけておきたい点

もちろん、いいことばかりではありません。
型崩れしやすい性質は、保管の仕方によっては望ましくない形で現れることがあります。使わないときは中に詰め物を入れ、形を整えて保管しておくと安心です。
また、水に対しては繊細な一面もあります。濡れたまま放置するとシミの原因になりやすいため、雨に濡れてしまった場合は、乾いた布で軽く押さえるように速やかに水気を取り、風通しのよい場所で自然乾燥させてください。ドライヤーなどで急激に乾かすのは避けたほうが賢明です。
こうしたひと手間はありますが、裏を返せば手をかけた分だけ応えてくれる素材でもあります。
他の素材という選択肢
ピコタンにはトリヨンクレマンス以外の素材が使われたモデルも展開されています。
たとえばピコタンロック エクラは、ハンドルの内側にスイフトを配し、本体とは異なるカラーを覗かせたモデルです。持ったときにちらりと見える差し色が、さりげない遊び心を添えてくれます。

ハンドル全体を別素材にしたピコタンロック タッチや、キャンバス素材を組み合わせたカーゴなど、バリエーションは多岐にわたります。
それでも、ピコタンといえばトリヨンクレマンスという認識が広く共有されているのは、やはりこの素材とこのフォルムの相性が別格だからではないでしょうか。
なお、ピコタンに似たフォルムで、よりかっちりとした印象を持つコレクションとしてインザループもあります。柔らかさよりもきちんと感を求める方は、エルメス インザループの人気・おすすめポイントまとめ【保存版】もご覧ください。
まとめ

いかがでしたか?今回はピコタンとトリヨンクレマンスの関係に焦点を当ててご紹介しました。
ピコタンの柔らかさは、素材の性質とバッグの構造が偶然ではなく必然として結びついた結果です。かっちりしていないことを許容する構造だからこそ、くたっとする革が最良の選択になる。この関係を知ってから改めてピコタンを見ると、あの気負いのない佇まいが少し違って見えてくるかもしれません。
エルメスのバッグは、どれも素材とフォルムの対話から生まれています。ピコタンとトリヨンクレマンスは、その対話がとりわけ美しく成立した一例といえるのではないでしょうか。
吉川質店オンラインショップでは、ピコタンロックをはじめとした多数のエルメスアイテムを取り揃えております。東京・渋谷および外苑前には実店舗も構えておりますので、ぜひ実際に手に取って、あの柔らかさを確かめてみてくださいね!
※着用モデル画像は、AI技術を用いて生成されたイメージ画像を含みます。
※商品のフィット感や着用感は、実物と多少異なる場合がございます。
※正確な商品情報は、オンラインショップに掲載の平置き写真および商品スペックをご確認ください。
Collection at Yoshikawa
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FREQUENTLY ASKED QUESTIONSよくある質問
トリヨンクレマンスとクレマンスは違う素材ですか?
同じ素材です。クレマンスはトリヨンクレマンスの略称として使われています。雄の成牛(雄牛)の革を用いたレザーで、かつてムーと呼ばれていた素材の系統を継いでいます。
トリヨンクレマンスとトゴの違いは?
原皮から異なり、トゴは雄仔牛、トリヨンクレマンスは雄の成牛の革です。トゴはシワの溝が深くくっきりとしたシボでハリがあり、型崩れしにくい素材。トリヨンクレマンスはシボが大きく緩やかで、より柔らかく、重量はトゴよりやや重めです。
なぜピコタンにはトリヨンクレマンスが多いのですか?
ピコタンは蓋もファスナーもないオープントップのバケツ型で、そもそもかっちりと口を閉じることを前提としていないバッグです。荷物の量に合わせて形が変わるトリヨンクレマンスの柔らかさが、この構造と自然に噛み合い、気負いのない親しみやすさを生んでいるためと考えられます。
トリヨンクレマンスのピコタンは型崩れしますか?
柔らかい素材のため、使い込むほどに角が丸くなり、持ち主の使い方に沿った形へと変わっていきます。ピコタンではこの変化を味わいとして楽しむ方が多いですが、意図しない形で崩れるのを防ぐには、使わないときに詰め物を入れて形を整えて保管するのがおすすめです。
トリヨンクレマンスは水に弱いですか?
水に対しては繊細な一面があり、濡れたまま放置するとシミの原因になりやすい素材です。雨に濡れた場合は乾いた布で押さえるように速やかに水気を取り、風通しのよい場所で自然乾燥させてください。ドライヤーなどで急激に乾かすのは避けましょう。